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南砺守通信〜the World

ラジオリスナーの「すもっぷ!!」でもありますが、”ラジオ”を取っ払ったところで、すべてのことの「リスナ−」でありたいです。

震災から約半年〜「ゼロ」の地域を行く

2011年10月02日
7月から9月の土日出勤の”節電3month”を乗り越え、先月30日から今日まで三連休を迎えています。

といっても、金曜日は前日の夜勤明けということで夕方まで寝ていたので、ほぼ2日間の休日はほんと久しぶりだったので、5月の東北遠征で行けなかった海岸部に行っていました。

出発は金曜夕方6時。

金曜日中に新潟県下越地方に着ければいいかと思ったけど、とりあえず福島県内まで到着。

当面の目的地は宮城県石巻市

東北道経由して、三陸道に入った時、復旧工事の為に車線が少なくて、アスファルトのかけらがいまだ残っていました。

石巻市の海岸部にたどりついて目にしたものは、家屋
しかし、人が住んでいる雰囲気がまったくないいわば”廃墟”という表現がしっくりくるもの。

言葉がありませんでした。

さすがにがれきは撤去されて、一部の企業の建物の建築がいくつか始まっている状態でしたが、石巻でも一歩海岸から内陸に向けると、何もなかったかのようにいつもの日常生活が残っているギャップは、なかなかテレビ新聞ではわからなかったことでした。

で、がれきはどこに行ったかと言うと、石巻港の真近く。




こんなのが見ただけで3〜4つ。あと、車の「災害廃棄物」の山とかもあり、これがすべて石巻市だけの災害廃棄物ということで、東日本大震災で出た災害廃棄物の量はどれだけあるのやら、実際目にすると想像もできません。

これだけ災害廃棄物の山があると、車のドアを開けるとその臭い(ちょうど捨てられた雑誌が雨でべたべたに濡れた後の臭い)が入ってきたので、たとえ建物の復興が完全になされたとしても、住民が再びそこで生していく時に問題になっていくと思います。

で、宮城県内で一番被害の大きかった南三陸町に行こうとしたのですが、国道45号線が途中で通行止めになっていた為、行けませんでした。

震災から約半年、復興というスタート地点にまだ来れない地域もある現状に震災復興の道のりの険しさを見せつけられました。

縁の力

2011年10月17日
以前書いたが、8月末から新人さんが来ている。

前書いた新人さんは別の相方とうまく仕事をやっている.....ということは、今の相方は誰だ???

.....別の新人とやっている。

前の新人を含めて3人が来たのだが、他の2人はどんな奴だったのか。

○上にも横にもワイドな通称アンドレ。
○Mさん


後者は動きもよく、先輩にもわからないことをよく聞いて気のきく女の子。

その子の相方は....「元師匠」
しかしこの「元師匠」が今ではマイペースの食わせ物になっている。

ということで.....

その”アンドレ”とやっているのである。

このアンドレ、動きが遅く、遅さを叱咤したら品質二の次半分やけくそモードになるなど、性格的にもなまくら指向と来たもんだから、最初から頭を悩ましたもんでした。

アンドレの契約終了時までにどういう状態にすべきなのか.....

先輩との協議の結果、

「これ以上悪くならなければいいかあ....」

この結論に至る。

今までのペースはそのままにして、そういう思考に変えたところ、意外な方向に向かう。

何とその後、アンドレの動きがよくなり、しかもその動きに無駄が少なくなってきたのである。

さて、もう一人の女の子の方はどうなったのか?

....すっかり「元師匠」のペースになってしまっていたという。

作者 : よっち

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